毎月、海外のカジノに出かけていた柏木さん。VIPだから渡航費、宿泊代、食事代はすべてカジノ側が負担してくれます。オーストラリアで29億円を手にしたわずか1ヶ月後、マイク・タイソン対ジェームス・ダグラスのタイトル戦を観戦するために来日していたドナルド・トランプと対面となるのです。
今やアメリカ合衆国大統領のドナルド・トランプですが、当時はアメリカの不動産王でアトランティック・シティにトランプ・カジノというカジノも持っていました。柏木さんの噂を聞いたトランプは、柏木さんから一儲けしようとトランプ・カジノに誘います。そして1990年2月、柏木さんはトランプ・カジノに招待され(トランプのプライベートジェットでお迎え!)バカラテーブルに座っていました。トランプは美味しいカモを見つけた、と思っていたに違いありません。が、なんと柏木さん、トランプ・カジノのバカラ・テーブルで9億円以上を勝利。トランプ・カジノで始まって以来の大損失だったそうです。
(中略)
ところが、それからたった1年半後の1992年1月3日、世界で最も派手なギャンブラー柏木昭男(当時54歳)は、土地500坪、床面積200坪の時価50億円と推定される総ケヤキ造りの「柏木御殿」の台所で、全身を十数か所メッタ刺しにされ、死体となって発見されたのです。
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世界で最も有名な日本人ハイローラー、柏木昭男とは?
柏木昭男はもともと貧しい農家の生まれだが、1960年に始めた不動産業と貸金業がバブル経済の影響で大当たり。その後、富士スバルライン建設で莫大な富を築き「山梨の不動産王」として知られる存在になった。しかし、その強引な貸付け行為や荒っぽい地上げ手口は何度も警察の捜査対象となり、地元での評判はかなり悪かったそうだ。
とある男性は柏木氏について「カジノに連れて行き『金ならいくらでも貸すぞ』と。でも金を借りたら最後、土地を取られて消えていった住民も多い」と語った。
当時のトランプ大統領とバカラでサシ勝負!
1990年当時、アメリカが不動産不況に見舞われるとトランプのカジノ運営も苦境に陥ったという。そこでトランプが目を付けたのがハイローラーの柏木。トランプは『トランプ・プラザ』に柏木を招き、バカラの直接対決を申し入れる。この勝負にはメディアも注目し、こぞって取材に訪れたそうだ。
▼一度目の勝負
- 2日間で合計10時間、柏木が600万ドルを勝利
- トランプは三ヶ月後の再戦を要求。柏木はこれを受諾
▼二度目の勝負
- 一時は柏木が925万ドル勝っていた
- 最終的にはトランプが1000万ドル勝利
トランプは勝ち逃げを決め込む
勝利したトランプは、『Mr.カシワギはギャンブルのプロだ。敬意を払います』と公の場で発言。名前の公表を嫌っていた柏木に対し、莫大な負債を被った事実を公にすることで勝ち逃げを目論んだと言われている。
最期は山梨の邸宅で惨殺
トランプとの勝負後、柏木はアジア各国のカジノでたびたび目撃された。一説にはヤバい筋からの借金を返すために勝負していたとも言われている。
しかし1992年1月3日、柏木は山梨にある邸宅で惨殺死体で発見される。喉・胸・首など十か所以上をメッタ刺しされ、現場は凄惨な血の海と化していた。
破滅的ギャンブラーの末路
捜査本部は手口から見てプロの犯行とみており、トランプが殺し屋を雇ったとも、地上げで恨みを持つ者の犯行とも噂された。結局真相は闇のまま、2007年に事件は時効を迎える。
伝説的ギャンブラーといえども、最後は“命による精算”から逃れられなかったのかもしれない。